「さらば青春」

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# by jmtravolta_johnta | 2018-10-21 22:09 | 音楽
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自己実現の糸口を悶々と探る今日この頃、モンゴル語だけは面白い。
唯一楽しいと思える時間になってきている。
超覚えにくい単語を丸一日かかって覚えた時の達成感もある。
例えば
「太い眉」。どうでもいいような単語だけど「ウトゥグン フムスグって聞いてすぐに覚えられます?
これと同時にネズミ、これもどうでもいいのだけど「オゴトゥン」だと言われれば何を縁に覚えれば良いのか(涙)
だけど結局、言葉は言葉繰り返して唱えれば般若心経と同じで覚えられるのですね(^^;)

振り返って。
自己実現の糸口を探している時、
アマゾンビデオで「あん」という映画を見ました。
樹木希林さんが亡くなってテレビでも紹介されてた映画でした。

その中で希林さんが「この世に生まれたのは聞くため」と語る。
原作者のドリアン助川さんの哲学、というか思いなんですね。
「この世の中を見るため、聞くために生まれてきた、人の役に立つために生まれてきた訳ではない」
これ、今の私には涙が出るほどの癒しの言葉でした。
「人の役に立たなくてもいい」。つまり生きてるだけで意味がある、と。

・・・
そうか、写真に飽きちゃったなら飽きちゃったでそれでいいのよ、と希林さんに背中をさすられたような気がしたのです。
写真。
誰かに認めてもらうとか、もらわない、とかじゃなくて自分の生きる意味を投影していこうと思います。

私を惹きつけてやまないモンゴルという国。あの国で私を待ってくれている(であろう)羊と馬と牛。ついでにラクダとトナカイ(笑)。
語学オタクの私、モンゴル語に行き着いたのはそうなる運命だったのね、
やや詩人っぽく(笑)つぶやいてみました。ははは。





# by jmtravolta_johnta | 2018-10-07 17:01 | 日常 | Comments(0)
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自己肯定感がない、というか
「無駄に生きてる」感に押しつぶされそうになる。というか。

少し色々やめてみるかなあ・・・




# by jmtravolta_johnta | 2018-09-25 11:56 | 日常 | Comments(0)
素敵な体験をしてきました!
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2018年8月20日・21日と
「自然の中で馬と触れ合い心を開く」ワークショップに参加してきました。
場所は長野県の開田高原、木曽馬の里の乗馬センターです。
趣旨は
「木曽の自然の中で馬と触れ合い関係を作ることによって日常のコミュニケーションや人間関係を見つめ、リフレッシュすることによって人とのより良い関係づくりに資する」
というもので
願っても無いイベントです。迷いましたがギリギリになって申し込んでみたらセーフでした。
家から4〜5時間かかるので前泊しました。

開田高原は4月6月と二回足を運んで今回は3度目。
前回と打って変わって木曽馬の里へ続く小道の両側に白いソバの花が覆い尽くしていてメルヘンの世界が広がっていました。
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初日
10時から開始です。
まずはガイダンス。施設の中を見せてもらいました。
続いて行動開始になりますが
講師の先生の指示で
スマホはダメ、時計も外すことになりました。
貴重品は事務所の中に保管してもらい、持ち物はタオルと水筒だけ。
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まず放牧中の馬を観察します。
仲良くなれそうな馬を見つけて一緒に歩いてみる。
歩いてくれるかどうかは分かりません。
でもコミュニケーションをとる工夫をするんですね。
私はのんびり立っていた子に声をかけてみました。
背中をさすってあげたりと、媚びてみたらなんかいい感じになってきたので
中川さんに名前を聞くと
なんとあの小夏ちゃんでした。

 あの小夏ちゃん、というのは6月末にNHKの歴史検証番組に出てた子です。一ノ谷の合戦の鵯越は史実だったか?!を検証しようと言うので駆り出された子でした。

わ、テレビに出てたこ!と思うとワクワクしてミーハーな私はこの子が人間だったらサインねだってるところですがサインどころがスマホも何もないので本来のワークショップモードに戻って(^^;)馬とのコミュニケーション取りに明け暮れました(笑

でもこの「馬とコミュにケーションを取る」と言うのはかなり難しかったです。
馬にしてみれば「何この人?」「なんでここにいるのよ」程度で
関心を持つ必要もないのですからね。

続いて(放牧の前だったか後だったかもうあやふやになってしまっていますが・・・)森の中を散策します。全身耳にして聞こえる自然界の音という音を感じます。匂いも感じ取ります。雑念から離れて歩きながら瞑想しているかのような感覚です。

お昼になり、お弁当が配られ各自思い思いの場所でピクニック。

午後のセッションで私たちの相手をしてくれる子は
菜々ちゃんと若菜ちゃん。

まずブラシを掛けて綺麗にしてあげる。これは綺麗にするだけではなく、馬とのコミュニケーションを取る手段の一つでもあります。
色々声をかけたりマッサージっぽい事もしながら弄ります。

いよいよ騎乗です。
私は鞍をつけると鐙が深くなってしまってそれを気にするあまり体の力が抜けなくて下手の見本みたいになってしまうのですが、この時は軽乗鞍だったので裸馬みたいなもの、ホッとしました。鐙を気にする事もありませんから。
でも10年以上のブランクがあり、跨った時はちょっと怖かったです。
緊張して硬くなりそうな時に「ブス〜〜っ」という派手な空気音。
臭くはなかったけどおかしくて笑っってしまい、気がつくと緊張は何処へやら。
深呼吸もひとつして
先生の指示通り手をホルダーから離したり、目をつぶったりして馬との接点を感じ、馬に体を預けて一体感を味わうことができました。この後交代で菜々ちゃんにも乗りましたが
体格と性格の違いで歩様の違いを感じることができました。

この日のセッションはここまでで
夜は宿で懇親会を兼ねた夕食です。中川さんから飲み物奢っていただいて乾杯。
味噌汁仕立てのしゃぶしゃぶというかこの地ならではのお料理に舌鼓を打ち
中川さんと先生の馬絡みの話から、馬が絡まない話も。話題が尽きることがなく
時間があっという間に経っていました。


次の日
翌日は朝8時15分開始。厩舎の掃除から始まります。
事業所によって馬房は様々な仕様になっていて、敷いてあるものがとくに千差万別。
ここ、木曽馬の里ではアスファルトの上にオガ粉を巻いています。放牧中で主が居ない馬房、ボロを箕で一箇所に寄せて集めてトラックに積む。オガ粉を巻いて完了です。
ここは全部で37頭いるそうですが私たち6人と本当のスタッフの人もいるので
それほど作業としては負担ではありませんでした。

次は放牧していた馬を掃除のすんだ厩舎に戻します。これは楽しい作業でした。

作業終了後は水分を補給して
今度は休息を兼ねて「森の中で寝てみる」。ゴザが配られ緑滴る中を歩いて各自好きなところで寝転びます。全身を耳にして音を聞きます。寝てしまっても構わなくて、
時計を持たない私たちには先生が終了を知らせて回ってくださるそうです。

私が選んで寝転がった場所は一本の針葉樹の根元でした。見上げると木々が空に向かって伸びていて梢が陽の光を浴びて煌き、上空は風が強いのがざわざわ揺れていました。
光りながら揺れる梢、その背景の青空は雲白い模様を作って流れて行きます。
息を呑むような光景というのか、
葉っぱ一枚一枚が重ならないように
公平に空を分け合って広がっているその様に
木々の「意思」を感じました。
生きているということ。
足がもぞもぞするので目をやると
2センチくらいありそうな巨大なありが這い上がっています。

生きているという事、を考えていた私はそっと払うに止めました。
スマホがあれば梢の写真撮って、ブログに載せて
とか雑念が働いてしまうところでした。
いやはやスマホにはかなり縛られた暮らし方をしているのですね。

その後は馬場に移動します。
小夏ちゃんと淡雪ちゃん、黒桃ちゃんが出てくれます。
小夏ちゃん以外は物見したりしていましたが、
小夏ちゃん、察しが早くて助かりました。
さすがテレビで主役を張るだけのことはありますね(^^)

引き馬で馬場に置かれたブロックを巻き乗りさせたりスラロームや横木通過など、自分が乗ってやらせると違って自分が引いて歩かせるだけなのでさほど難しい事ではありませんでした。
というのも私たちのグループは小夏ちゃんだったからですが(^^;)

お昼のお弁当は放牧中の馬を見下ろせるところで広げました。
この日は訪問者が多くて海外からの団体も入っていました。
オーストラリアからのお客様。
日本古来の木曽馬はどのように映ったのでしょうか・・・

午後は若菜ちゃんと菜々ちゃんが再登場です。
今度は騎乗ですが、引き馬なので大丈夫です。
昨日と違って先生の指示はなく騎乗中は好きなことをしてもいいのです。
目を瞑る、手を上げたり降ろしたりなど各自色々やったあと
横ノリ、後ろ乗り、横ノリ反対側で引き馬です。
横ノリはちょっと落ちそうで怖かったです。
最後に馬を止めておいて後ろに寝転がる。
馬のお尻に頭が当たる感じです。
1分、2分とそのままの姿勢でしたが
馬はもぞもぞと動くのでその感じが心地よかったです。
それから馬の背にお腹をつけて左右に体を垂らす。
よく西部劇なんかで死体を運んでる、みたいな感じ(笑

ブラシをかけて厩舎に戻したら厩務作業のお手伝いを少しして
ミーティング。
二日間の感想を発表して4時半ごろ終わりました。

馬と過ごす馬三昧の二日間はこうして終わりました。
もともと大人しい馬たちに騎乗はするけど自分で指示して動かすのではなく全て引き馬だったのは楽チンでした。馬との一体感を感じることに集中できましたから。
そして癒され感をしっかり感じました。

帰りの車の中で
嫌なことは嫌だとはっきり言おう。
流されるのはもう嫌だし
自分を偽ってまで人と合わせるのはもうやめよう、と
日頃のわだかまりを解きほぐすヒントが見えてきた気がしました。

「頑張らない」暮らしってあり得ないですが、
「頑張らない」を時々取り入れてリセットしつつ
自分を見失わないようにしたいと思ったことでした。
中川さん、滝坂先生そしてお馬さん達、ありがとうございました。

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お土産。全て手作りです。クッキーなどかじる勇気ある人いますかね(^^)
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# by jmtravolta_johnta | 2018-08-22 23:45 | 日常 | Comments(0)
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久しぶりに泣ける映画を見た。
「ライオン 25年目のただいま」
アマゾンプライムビデオの有料版。
例によって予備知識を一切入れないで見始める。実話に基づくというから興味は湧いた。
そしてインドが舞台、というのも惹かれるものが大きかった。
昔カルカッタと呼ばれた人口稠密なこの都市は秋に撮影旅行で行くことになっているから親しみさえ覚えた。
制作年がさほど古くないことも現実味があって、興味は増す一方。
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話はインドの北部の村で
貧困家庭の子供、サルーという少年(5歳)が来る日も来る日も食べ物を得る得るため
村でささやかな働きをして駄賃をもらう、という暮らしをしている。
ある日兄と駅に「(乗客の落し物を漁るという)仕事」に出かけたサルーはベンチで眠ってしまい、起きて兄を探すも見つからず、もしやと汽車に乗って探そうとする。
ここから彼の運命が思いもよらない方向に展開する。

それは回送列車で


呼べど叫べど助けは来ない。
その無人状態のまま1600km離れたカルカッタに着いた。
街はベンガル語を話した。彼はヒンディー語しか知らず、
まして5歳で自分の母の名前や住所など言えるわけはなく
路上で過ごす日が続いた後孤児院に送られる
そこで養子縁組を求めるオーストラリア人夫妻に話がまとまり、オーストラリア人として成長する。

25年経ち成人してからも自分の出自を問い続けた彼が
ふとしたことがきっかけで元の家族への思いを断ち切れなくて悩みだす。
養父母は彼に深い愛情を注いで育ててくれた優れた人格の人達であったからこそ
なおさら郷土への思いはジレンマとなる。
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                       ( 町で売っている焼き菓子。
                        兄チャンに買って、と言っても「また今度な」
                        「僕、大人になったらいっぱい買うんだー!」とサルー。この焼き菓子は伏線になります。)

そこで「Google Earth」を使ってみれば?というサルーの仲間のアドバイス。
列車の平均速度に乗っていた日数をかければおよその距離がで出るし。
そこで覚えていることをヒントに絞って行く・・・。
今やパソコンやSNSの時代。
なんども挫折したものの結局
住んでいた村を特定するに至る。
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この辺り、昔よく見ていた鉄塔とかが出てきて、
パソコンに向かって大きく見開いた目から涙がこぼれ落ちる時
こちらも涙が出ます。

で、25年ぶりに故郷の土を踏み、もしや息子が帰ったらと考えて同じところに住み続けた母に再開する。

とあらすじを書いてしまうと奇跡の物語、おとぎ話になってしまうけれど、
これはいくつもの奇跡が輻輳して起きた奇跡の物語、だと思う。

少年が育った家族の存在が大きいと思う。
毎日空きっ腹を抱えていても乏しい糧を分け合って食べる兄弟。
笑顔が優しい母。慈愛に満ちた母。
少年は兄ちゃんたちを慕い、母を慕い、妹を可愛がる優しい子だった。
食べ物はなくても愛されて育ったため彼が人に愛される性格に育ったと言うことが大きい。
これポイントだと思う。

そしてその次、次、ではなく
これも大きなポイント。サルーを養子にしたオーストラリア人夫妻。
この人達が篤志家であったこと。

そしてGoogle Earth.
これもなくては実現しなかった。

GoogleEarthの時代だったことと篤志家の養父母は彼の幸運だったと思うけれど
5歳まで暮らした家族の存在は一番大きいと思う。
愛し愛される家族、と書くと芝居がかってくるけれど
ひとを作るものはこれだとつくづく思う。

ストリートチルドレンの問題や違法児童労働など問題視するのは
外から見るからであって
何も手を差し伸べることなく批判だけするのは容易いし、これは無責任でもあり、
何も出来ない自分が情けない気もする。

去年のムンバイで見た雑踏に居た
ストリートチルドレンに近い子供達に今更ながら思いを馳せてしまう。

アマゾンの映画は有料で二日間限定で、もう見れなくなったので
本を買って読み始めた。
(子供用バージョンの簡単な英語ですが^^;)
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# by jmtravolta_johnta | 2018-08-01 08:07 | 映画。TV | Comments(0)

普通の毎日がありがたい・・・


by じょんたのおばあちゃん